「徳島吟行案内」編集室から:作業中のサンプル①

   編集室で作業中の記事の見本です。

62 脇町

    うだつの町並み・吉田家住宅

オデオン座

脇町潜水橋

 

脇町は、吉野川の中流域にあり、戦国時代に三好氏の居城でもあった阿波九城の一つ、脇城の城下町として発展した。江戸時代には徳島藩の保護の下、吉野川の舟運を利活用した「阿波藍」の集積地として大いに栄えた。その藍商人たちは繁栄振りを誇示するかのごとく豪勢な「卯建(うだつ)」を上げた町屋を建てたが、その一帯がうだつの町並みと呼ばれている。

 アクセスは、徳島自動車道脇町インターを降りて脇町中心部へ走ること五分、「道の駅 藍ランドうだつ」に車を駐めると眼前に藍蔵や藍屋敷の白壁と石垣、船着き場跡が広がる。かつて、吉野川がここまで来ていた名残が窺え、その一部が「船着き場公園」として整備され、藍を運んだ平田舟が二艘置かれている。

 船着き場公園を渡り坂道を上がると「吉田家住宅」の横に出る。全長430㍍に及ぶ「うだつの町並み」のちょうど真ん中あたりである。東を向いても西を向いても卯建のある家並みが続くが、とりわけこの「吉田家住宅」は、寛政4(1792)年に創業した藍商・吉田直兵衛の家で、脇町でも一、二を競った豪商である。市指定文化財として一般公開されており、また、毎年1月月中旬から3月初旬まで、華道家・假屋崎省吾氏による華道展「うだつを活ける」が開催されている。

 「うだつの町並み」の東の端に当たる「南橋」から西へゆっくり歩いて行くとうだつのある古い家ばかりでなく喫茶店、レストラン、宿屋、写真館などのほか、「藍染め体験」のできる「藍染工房」、特産の「美馬和傘」の制作体験のできる「未来工房」などが町並みの雰囲気に合わせて点在している。また、「船板壁」の残る建物や磁石式電話機を備えた明治末の公衆電話ボックスが存在感を放っている。ちなみに、建物の見所は卯建だけではない。「鳥ぶすま」、「鬼瓦」、「むくり屋根」、「虫籠窓」、「のれん掛け」、「出格子」、「持ち送り」など日本古来の様式美を堪能できる。さらに、町並みの一本北側の「中町通り」を行くと国登録有形文化財「割烹旅館田岡」、「森家長屋門」、「野崎家別邸門の瓦屋根」なども見物だ。

 なお、事前に(一社)美馬観光ビューローに依頼すると「うだつの町並みボランティアガイド」が一時間程度で町並みの歴史や建物を散策がてら紹介してくれる制度もあるので利用したい。

 町並みを南橋まで戻ると目と鼻の先にあるのが「脇町劇場オデオン座」である。昭和9(1934)年に町内有志により回り舞台、奈落などを備えた本格的な芝居小屋「脇町劇場」として誕生し、歌舞伎や浪曲、戦後は歌謡ショーや映画の上映で隆盛を極めた。しかし、映画の斜陽化や施設の老朽化に伴い閉館、取り壊されることとなったが、山田洋次監督の「虹をつかむ男」のロケ地となったことから創建時の姿に修復され「オデオン座として再生された。現在は、落語会、芝居公演、市民の芸能文化の発表の場など様々なイベント会場に利用されている。一般公開されており、奈落などは一見の価値がある。

   

「藍ランドうだつ」駐車場から県道12号を横切り堤防道路に出ると「脇町潜水橋」が見える。対岸の舞中島を結ぶ沈下橋である。日本の川の多くは北南または南北に流れるが、吉野川は西から東へ流れ、全国でも珍しい「川に沈む夕日」を脇町側の堤防から眺めることができる。また、潜水橋の北詰には「舞中島の渡し」跡があり、石の遺構が見える。堤防道路には「舞中島渡し跡」の碑が建てられている。

南橋の東側に美馬市地域交流センター「ミライズ」があり、句会はそこの会議室を利用できる。

                   (山之口卜一)

いわし雲いらかうだつの城下町    後藤 善猛

 どの山もこちら向きけり今日の月   山下山水居

 下の町へ鐘ひゞかせて花の散る    若松 子帛

 写真・地図

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