今月の句 5月号

「今月の句」5月号から鑑賞          蔵本芙美子

〇 あの谷の雪割草に会いに行く   藤本紀子

 雪割草は一説には本州、四国の雪の残る早春の林のなかで萌えだすところから、そう呼ばれるという。その花を見に行くのではなく会いに行くという。まっすぐに花に向かっていくようなその熱量が読者に伝わって来る。さらに、行くで止めたところの余韻が、そのまま谷へ続いているよう。抒情を抑えて「会いに行く」とだけ詠んでいることで、却ってそこに強い心の動きが見える。

〇 ヤマチチの谷へ四駆のあめご釣り 森田道子

 ヤマチチとは、どうやら妖怪らしく、江戸時代の奇談集「絵本百物語」にある日本の妖怪で、眠っている人間の寝息を吸いとるのだと書かれている。そんな妖怪伝説のあるような山里の奥の谷なのだろうか、四駆を駆ってあめごを釣りにきているのだ。省略の効いたスマートな作品と思う。

〇 サバンナの糞ころがしを見る日永 中川よし子

 糞ころがしというと子供のころに読んだ「ファーブル昆虫記」を思い出し、また私は少女だったのでそのころ夢中になった「若草物語」「赤毛のアン」などが思い出されてならない。あのころの本は本当におもしろくて夢があった。ロマンもあった。

掲句に戻るが、この句はどこで詠んだのだろう。サバンナとあるのでサバンナへ行かれたのか、動物園のサバンナエリアなのか、それともなにか広大で乾いたものとしての比喩なのか。実景ならば、季語「日永」を挑戦的に使っているなあと。比喩なら「糞ころがし」が哲学的にも。

〇 卒業式祖父のいつもの軽トラで  高橋和子

 いつもの、で景がはっきり立ち上がってくる。大好きなやさしいおじいさまだったのしょう。

〇 雛の間のいつのまにやら介護の間 井堀和子

 介護をしながら、ついこの前まではこの部屋も雛の間だったことを思って、ときの流れの速さに感慨にふけっている。「いつのまにやら」の中七だけで、子供が小さかったころから親の老いた現在までの長い長いときが表出されて。

〇 目の前の鴉と話す春日かな    山田喜子

 春日は春ののどかな一日のことだろう。そんな日には鴉も人恋しいのかじっとこちらを見つめている。山田さんはそんな鴉に話しかけている。何を話したのだろうか。そのうち鴉の言うこともわかるようになるのだろう。

〇 鈴が鳴る歩き遍路の笠二つ     上荷千賀  

 内容は私たち四国に住むものにとってはなじみの深いものだけれど、音から始まって景が見えて来て二つの笠に着地して、何だか謎解きのストーリーのような句で、おもしろかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です