「モノの存在」
冬うらら神社の向かいにも神社 うっかり
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モノが存在しているだけで不思議さを感じることが時々ある。モノの種類で感じ方は変わる。銀座の目抜き通りに貸本屋さんがあったらびっくりする。同種の店舗もそうだ。よくラーメン屋がずらりと並んでいるのはみかけるが、葬儀屋さん(正月から顰蹙の声が聞こえる)がずらりというのは見たことがない。古い城下町などでお寺がずらりというのはあるが、神社がずらりは、ちと珍しい。それぞれ存在理由はあるのだが、なんとなく面白く感じる。
この句は神社の向かいにも神社があったので興を感じた。「冬うらら」は自分の人生とは関わり合いのないことを面白そうに考えるのには適した感じのする季節の言葉だ。
俳句は環境から受ける己の喜怒哀楽を表現するためだけの表現手段ではない。心に感じるモノコトはすべて対象となりうる。「はてな」と大事な興趣なのである。(俳誌ひまわり2026年1月号)
