「言語の意味の空間とは」
初春や人生ゲーム初めから 広瀬 薫
「人生ゲーム」という言葉で頭の中に思い描くモノコトは人によって異なっています。ある人は子供のよく遊ぶ盤上ゲーム(ボードゲームという)を思い浮かべるでしょうし、人生をゲームに例えたりして、あの時この事を思い出すことがあるかもしれません。人によったら、水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」や美空ひばりの「川の流れのように」を思い出す人もいるかもしれません。
この俳句の句意はお正月に家族や友人と人生ゲームで遊んでいる団欒の様子を詠っています。双六ならば途中で出る目が悪く振り出しにもどったということでしょうか、あるいは最初からみんなで人生ゲームを始めたのでしょうか、それは分かりません。でも楽しそうな雰囲気が伝わってきます。そしてその時、この句の作者はひょっとしたら、人生をゲームに例えているのかも、などとちらりと思ったりします。そういうあれやこれやをその人ごとに考えている、それをひっくるめてその言語が持つ意味の空間と呼びます。
(ひまわり誌2026年3月号西池冬扇「随聞小話」51回)
