俳句は何を詠うのか(その13)

 「存在と非存在の間」

   

 風花のケサランパサラン連れて来る 広瀬 薫

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人間は存在するかどうかわからぬものに強い興味を抱く。神様のことは置くとして、幽霊、雪女、UFO、挙げたらきりがない。この句に登場するケサランパサランもその一つだ。私がこのモノの存在を深く意識したのは錦三郎の『飛行蜘蛛』という本を調べていた時だ。飛行蜘蛛はゴッサマーといわれるのだが、時にケサランパサランと呼ばれる、とあった。通常はゴッサマーとは別物である。ただ私にはケサランパサラを子供の頃の記憶にかすかにある懐かしい名前だったのである。

一言でいえばケサランパサランとはタンポポの綿毛のようにふわふわした正体不明のモノで、江戸時代からも文献に現れ、見たという人は動物だとも、植物だともいう。何よりも興味深いのは伝承ではケサランパサランを見た人は幸せになるといわれ、飼っている人もいるそうだ。でも飼っていることを他人に知られると効果がなくなるらしいから、きっとあなたの周囲にも黙って飼っている人がいるに違いない。(西池冬扇の「第49回随聞小話:「ひまわり誌2026年2月号))

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