眼嚢・耳嚢 「平和の文化」に叱られる

🌻 炎熱や触るるを拒む民喜の碑  冬扇

 本日は広島の原爆忌である。私は涼しいクーラーのある我が家に居てTVの中継で平和祈念式典に参列させてもらった。広島市の松井一実市長は「核抑止論は破綻していることを直視し、為政者に脱却を促すことがますます重要になっている」と訴えた。ウクライナをはじめ世界に戦争が絶えず、地球は崖っぷちの危機的状況にあるという事実はそのことの重要性を示している。であるが、現実の世界は危機の度合いを増している。

 子どもたちの呼びかけがあった。私はそれを聴きながら自分の中学高校の時代を思い出していた。夏の暑さがいつも呼び覚ます思い出である。あのころは身の回りに戦争の影響がまだ残っていた。中学の頃友人たちと平和のこと安保条約のことをよく語り合った。特に夏休みには友人たちと夜遅くまで語り合ったものだ。高校生になったたころは原水爆禁止運動がもっとも盛んだったころである。当時、原水禁運動の象徴である折り鶴バッチをつけるのが流行し、女生徒はブラウスの胸に、男子生徒は学生帽の周囲にいくつもの折り鶴バッチ(記憶では五色あり、黒が一番人気があった。)をつけるのがおしゃれであった。

 広島におとづれた時の記憶はいつも炎天下の平和公園である。若い頃の句をまとめた句集『8505』を久しぶりにめくってみた。たしか呉の友人を見舞いにいったついでに広島公園に立ち寄ったのを思い出したのである。

 当時の感覚が生で蘇った。平和公園には原爆詩人原民喜の碑がある。碑には〈遠き日の石に刻み/砂に影おち/崩れ墜つ/天地のまなか/一輪の花の幻〉とある。私は目頭が熱くなり、そっと碑を撫ぜようとした。その瞬間「アツッ」と私は手を引っ込めた。火傷をするくらいに炎天下の碑は熱くなっていたのである。だがその感触より、直感的に民樹に叱責されたような気がしたことが脳裏に読みがえったのである。

 「平和文化」という言葉がある。去年10月広島で開催された第10回平和首長会議総会で提唱された言葉と思う。私はこの言葉の意味を「文化は平和に貢献すべき」であると捉えた。それも、民樹の碑に叱責されたような、自省の言葉として感じてしまう。

冬扇句集『8505』から(85年広島5句)

八月の骨むき出しに原爆堂

油蝉三匹やめば五匹鳴き

炎熱や触るるを拒む民喜の碑

我が影が被爆の壁に大西日

蜻蛉の死してひらたく吹かれおり

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