眼袋・耳嚢

時々、心に残っているあれやこれや

    ○そうだ、宮沢賢治だよね

    佐藤映二氏は『宮沢賢治と現代俳句』という論考(「現代俳句」2023年6月号P25:賢治没後九十年「春と修羅」刊行百年記念)を発表した。私も若い頃のように、賢治に関する論考は全て眼を通すという体力はなくなったが、それでもたまたま眼にすると忙しくても読んでしまう。論考は佐藤氏の句集『羅須地人』に対する筑紫磐井氏の論評を起点にしている。この句集は読んでいないが句集中の賢治への思い入れの強そうな句を載せてあるので楽しい。

       青嵐どの葉もみんな鳥になれ     映二

       どんぐりの黄金の赤子がぶらんぶらん 映二

     磐井氏の論評の視座は時空の広がりを要求するところにある。【俳句の側からジャンルの外へ発信する】という視座は現在貴重である。そのことを佐藤氏の句集に対する所感としてのべているのは納得感がある。そのうえ、映二氏が私の俳句を引用してくれているのが、そうなんだよねと、うれしかった。

       鹿跳ねてうんにゃそいつはマスクだべ  冬扇

       冬銀河この身の浮いて行くところ    冬扇

     個人的には、中学時代から大学時代までが最も熱中して賢治の世界に入り込んでいた時代である。大学に入学した年の秋、それまで女手ひとつで苦労をかけた母親へ恩返しと東北旅行に連れ出したが、その時選んだ目的地の一つは花巻の羅須地人協会跡であった。だが、そのころが一番熱中していた頃だったと思う。大学の教養学部時代に畏友K君が私の賢治贔屓を、半ば本気で、揶揄したことがある。「えーつ、おまえには賢治は無理無理、だって例の写真、あれみたら俺にもおまえにも無理だと思う」、そのようなことをいった。「例の」というのは椅子に座った賢治がっちりがん下指で手のひらを組み、右下の方を見てうつむいている写真だ。ともかくそのころの若者の脳髄には古今東西の思想が怒濤のように侵入してくる、そういう年頃だ。今から考えると解ったような解らないような友の批判であったが、がーんと来たことは斧得ている。Kのせいだけではないのだが、いつしか賢治熱は下がったのは、あまりにも賢治がブームになりすぎて気恥ずかしくなったからだと思うことにしている、二回目の筑摩書房の『宮澤賢治全集』が出そろった頃だ。たしか七十年安保の前のころのことである。

     とはいえ、その後も賢治の著作は繰り返して読んでいる。評論もぽつりぽつりとは読む。吉本隆明の『宮沢賢治』(筑摩書房)や見田宗介の『宮沢賢治:存在の祭りの中へ』(岩波書店)は蔵書の中に埋もれずときおり参考に読み返す。俳句の中では賢治の言語空間は確実に活きていて、私と時空の座をときおりともにしている。

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です