〇JDバナール『宇宙・肉体・悪魔』(理性的精神の敵について)
¥2,970 みすず書房(2020/07)
〇書評から抜粋転載
「史上もっとも偉大な科学予測の試み」(アーサー・C・クラーク)。イギリスの生物・物理学者バナールが1929年、弱冠27歳の折に発表した先駆的な人類未来論。書名の「宇宙・肉体・悪魔」は、これまで人類の妨げとなってきた物理的、生理的、心理的な3つの制約を指している。これらのくびきを解き放つため、未来人はロケットを開発して宇宙に進出、その過程で自らの肉体を工学的に改造しつつ機械と融合し、従来の生物を超越した存在へと進化していくだろうと予言する。1世紀近く前の小著ながら、宇宙開発、遺伝子工学、AIによるシンギュラリティー問題など、先端的なテーマがすでに内包されており、その先見性を裏付けている。また、本書が説く宇宙植民島(スペースコロニー)や改造人間(サイボーグ)、群体頭脳などのアイディアは、ステープルドンやクラークらを通じて、小説から映画に至るのちのSF作品に多大な影響を与えたことでも知られる。いまなお読む者を刺激してやまない科学史に残るラディカルな古典。巻末に「新版への解説」(瀬名秀明)を収録。
〇思うこと
青年時代に『歴史における科学』(J.D.Bernal 著、鎮目 恭夫 訳『歴史における科学 』みすず書房、1966年。)を読んだことが、私のその後のものの観かたに大きな影響を与えたと思っている。当時工学系の大学院生の友人たちと哲科研というグループを作りこの大著を輪読するとともに、メンバーが興味あるテーマで研究を発表し合っていた。半世紀以上前の話だがわれわれのシュトルムウントドランクの時代であった。冒頭にあげた本はその時ついでに読んだ本であるが、半世紀以上を経て興味ある予言が含まれていたと思い、紹介した。
人類は近代(すなわち資本主義の成立から大工業制生産様式が完成する時代)に大きな三つの人間の存在そのものを危うくする可能性のある技術力を、地上に開放してしまった。危うくするというのは現在お人間の力では制御しきれないという意味である。それらは原子力技術・化学遺伝子技術・AI技術である。時として神々は地上の人間に大変なものを送り付けてくれる。パンドラの箱の魔物みたいなものだ。
それを悲観的に捉えると、人間は反科学主義的傾向におちいることすらある。だが、パンドラの箱に残った希望とは、またの名は理性ではないだろうか。そして理性とは情と二項対立的に考えてはいけない。理性と情、視点を変えればモノと人間の関係は、今後はメタな視座に昇華することがひつようであることを現代科学は示唆している。いかにして昇華していくかが、近代以降の我々に課せられた課題であると、このごろ考える。